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2026 8月31日〈敵について〉
35枚くらいの布団に押し潰されて身動きが取れなかった、この夏もそろそろ終わる。全ての物事が循環しているのなら、ネガティブな言葉を書けば当然自分に返ってくる訳で、俺はそれが怖くなってしまった。「中原昌也作業日誌」への憧れから、恨み辛み不安も全部書いてしまおうと今年はblogに文章をupしてきたが、金輪際ネガを書くのは辞めにする。とはいえ“これから全て希望しか無い”とは全く思えない状況なので、今後は 〇〇について〜 みたいな議題のある文章を無理のない範囲で書いていこうかなと思っている(もし、2026年7月までの誰の特にもならない俺のblogが読みたいという変態は、ここにarchiveしたので勝手に見れば良い)。
さて、何について書こうか。
最近観たものといえば、アニメ「苺ましまろ」と「ゆきゆきて、神軍」、筒井康隆原作の「敵」の映画くらいだ。「ゆきゆきて、神軍」について書きたいところだけど、これについて書くだけで二郎二杯分くらいのカロリーを使いそうなので、まあ「敵」について書くとするか(苺ましまろに関しては本当に言うことが無い 強いて言うなら伸恵はタバコを吸いすぎだと思う)。
結論から言うと、そこまでピンとはこなかった。ただ、日常が徐々に“侵略”されて現実と幻想の境界が曖昧になる様子はベタだけど良かった。三池崇史監督、村上龍原作の「オーディション」を想起させた。「オーディション」は完全にホラーに振り切った“侵略”のされ方だったが、「敵」はあくまでも日常の延長という感じだ。最初は映像がモノクロである意図が見えにくかったが、最後まで見ると境界をスムーズにするために必要だったのだと思う。それと、色彩情報を削ることで音が引き立つ。エンディングを見るまで監督が吉田大八だと知らなかったが、過去作の「紙の月」や「美しい星」も音の使い方がすごく秀逸だったのを思い出した(因みに「美しい星」では平沢進の「金星」が流れるのだけど、使われ方が面白い)。
内容に関しては、基本的に老人の独り言で終わる。ひたすら飯を作り貯金を気にする様子は、一人暮らしの大学生と差ほど変わらない気もした。敵が何であるか明言はされないが、クソ浅い言い方をすれば“不安”なのかなと俺は解釈した。最近、養老孟司の動画をよく観ていたから「死」と「不安」というワードはなんだかリンクする部分があった。
結局のところ、じゃあ俺たちはどう生きるか?って話をすると、「敵」と共に生きるしかないのだと思う。全てがバトルフィールドと化した日常/社会を受け入れるしか、まあ無いってことだよね。嫌だけど。せめて創作の中には自由を見つけたい。飛躍しすぎだろうか。
ラストの“雨”のくだりは良かった。俺も友達と会いたいよ。でも、ずっと雨が降っているのも、それはそれで良いな。
こんな批評にもならないレポート以下の、うまい棒みたいに安い文章を公開して良いものなのかは疑問に思う。けど何かを書くという行為自体は、絶対に日常の中に残すべきだなと思うし、教育機関から離れると一気に文章を書く(強いられる)事が無くなり、思考すらボヤけてしまう気がする。こんな変な時代に正気を保つには、自分の為に「書く事」が必須なのかもしれない。
あと、うまい棒って値上げされてるし税込みで考えたらもう安さの象徴ではないよね。俺はコンポタ味が好きです。
-余談-
やっと少しずつ気持ちが安定してきて、さっき新しくバイトの応募をした。誇張抜きで、Dr.Anonの新譜が出ていなければ、そんな気持ちにすらなれなかったと思う。最近はずっと音楽に苦しめられている気がするけど、結局音楽に背中を押してもらっている事実に、苦笑いしている。Dr.Anon、新曲出してくれてありがとう。